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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)4212号 判決

原告(反訴被告) 中林喜代次

被告(反訴原告) 村上収 外一名

主文

被告(反訴原告)村上収、被告滝沢幸隆両名は、原告(反訴被告)に対し、東京都世田谷区烏山町一、一一六番地の一所在家屋番号同町第七四番の三木造木羽葺平家建店舗兼居宅一棟建坪一〇坪二合五勺(別紙図面点線の建物)を明渡し、かつ各自、昭和二八年一月六日から建物明渡済に至るまで、一ケ月四、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

反訴原告(本訴被告)の請求は、棄却する。

訴訟費用は、本訴については被告村上収、被告滝沢幸隆両名の負担とし、反訴については反訴原告の負担とする。この判決は、第一項にかぎり、被告(反訴原告)村上収、被告滝沢幸隆両名に対し、一〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

(当事者双方の申立)

原告(反訴被告)訴訟代理人は、本訴につき、主文第一項同旨並びに訴訟費用は、被告両名の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を、反訴につき、「反訴原告(本訴被告)の請求を棄却する。訴訟費用は、反訴原告(本訴被告)の負担とする。」との判決を求めた。

被告(反訴原告)村上収、被告滝沢幸隆両名訴訟代理人は、本訴につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき、「反訴被告は、反訴原告に対し、東京法務局調布出張所昭和二八年一月六日、受付第一、二七五号をもつて東京都世田谷区烏山町一、一一六番地家屋番号同町七四番の三木造木羽葺平家建店舗兼居宅一棟建坪一〇坪二合五勺につき反訴被告のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ、訴訟費用は、反訴被告の負担とする。」との判決を求めた。

(原告〔反訴被告〕の主張)

原告(反訴被告)訴訟代理人は、本訴につき、その請求の原因として、

一、訴外有限会社千歳木工所(代表取締役は昭和二四年一二月二八日から長谷川健吉、本店所在地は、当時、東京都世田谷区烏山町一、一一六番地、)(以下訴外会社という。)は、昭和二三年四月頃、東京都世田谷区烏山町一、一一六番地の一の一部に木造木羽葺平家建一棟建坪一〇坪二合五勺(別紙図面点線の甲建物)(以下、本件建物という。)を建築所有し、事務所として使用していた。

二、原告は、昭和二四年一二月二八日、右訴外会社に対し、金八〇、〇〇〇円を、弁済期を昭和二五年一月七日と定め、もし弁済期限を徒過したときは直ちに何らの意思表示を要せず、本件建物をもつて代物弁済するとともに明渡す特約で貸与した。

三、しかるに、右訴外会社は、弁済期に弁済せず、本件建物は、特約に基いて原告の所有となつたのであるが、官庁に無届の建物であつたので、原告は、昭和二五年六月六日、原告名義をもつて建築届をし、昭和二八年一月六日、東京法務局調布出張所受付第八号をもつて、本件建物につき所有権保存登記を了した。

四、ところが、被告村上収は、昭和二五年三月九日、本件建物に赴いた原告に対し、右訴外会社が、健康保険法所定の保険料を納付しないため、前記代物弁済に先だち本件建物の差押が行われ、被告村上収が競落して所有者となつたと主張し、少くとも、昭和二五年五月九日より本件建物を占有している。

五、また、被告滝沢幸隆は、昭和二五年九月一九日から原告に対抗すべき権限なく、被告村上収とともに、本件建物を占有している。

六、よつて、原告は、被告両名に対し、所有権に基いて本件建物の明渡を求め、原告が本件建物の登記をした日である昭和二八年一月六日から明渡済に至るまで、各自、公定賃料相当の一ケ月四、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

被告両名の抗弁に対し、被告等の抗弁事実は否認する。すなわち、本件建物の差押及び競落は全く虚偽のものであつて、競落の趣旨を記載して貼布した紙片は、新宿社会保険出張所の署名を冒用した偽造の文書である。かりに本件建物が社会保険出張所の差押を受けたこと及び建築竣工届がされていなかつたことが事実としても、その差押手続は、国税滞納処分の例に違反し、無効のものである。そもそも、健康保険法及び厚生年金保険法による保険料その他の徴収金の納付を遅滞したときは、行政庁は滞納者の財産を処分することができるのであるが、その処分は国税徴収法の例によらなければならないことは、健康保険法第一一条の二第一項及び厚生年金保険法第八六条の明定するところである。本件建物は、差押当時、屋根及び周壁を有していたのみならず、床も天井も具備して既に竣工し、人の居住、使用に供されていたものである。しかして、不動産差押の効力は、滞納者に対する差押調書謄本の交付によつて発生するものであるが、これをもつて第三者に対抗するためには、民法第一七七条の規定に従い、その登記をしなければならない。それは、未登記不動産たると既登記不動産たるを問わないのであつて、本件において、右登記がなされていない以上、社会保険出張所はもとより被告等も、原告に対し、対抗力を有しない。また、かりに、本件建物が、右訴外会社の健康保険料及び厚生年金保険料の滞納により差押をうけ公売されたとしても、本件建物の正当所有権を有する原告が、その所有権を喪失するいわれなく、被告村上収に対し、本件建物の取戻を請求することができるのである。

反訴につき、答弁として、反訴原告主張のように本件建物の保存登記をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。と述ベた。

(被告〔反訴原告〕村上収、被告滝沢幸隆の主張)

被告(反訴原告)村上収、被告滝沢幸隆両名訴訟代理人は、本訴につき答弁として、原告主張事実中、第一項の事実及び被告村上収、同滝沢幸隆が、本件建物を占有していること、本件建物の公定賃料が、原告主張のとおりであることは認めるが、原告主張の代物弁済契約及び本件建物が、官庁に無届であること、その坪数が、一〇坪二合五勺であること原告が本件建物につき所有権保存登記をしたことは否認する。その余の原告主張事実は知らない。本件建物は、昭和二三年一〇月一一日、訴外会社の使用人であつた被告滝沢幸隆名義で建築届をし、官庁の許可を得ている。原告が保存登記をしたのは別紙図面斜線部分の乙建物であると答え、

抗弁として、本件建物は、訴外会社が健康保険料及び厚生年金保険料を滞納したため、差押えられ、昭和二五年三月九日、公売され、被告村上収は、同日、その使用人湊元忠雄名義をもつて、金四五、〇〇〇円で競落し、同日、売買の形式で村上所有とし、昭和二八年七月一三日、東京法務局調布出張所受付第四、六八九号をもつて、東京都世田谷区烏山町一、一一六番地の一家屋番号同町一一一六番の二木造柾板葺平家建事務所兼居宅一棟建坪一〇坪として、保存登記を了した。被告滝沢幸隆は、被告村上収の許可を得て、本件建物を占有しているものである。

反訴につき、その請求の原因として、原告が所有権保存登記をしたのは本件建物ではなく別紙図面記載の乙建物であるが仮に原告の所有権保存登記をした建物が本件建物であるとすれば本件建物は、本訴抗弁事実として述べたとおり、反訴原告の所有であつて、反訴被告の所有ではない。しかるに、世田谷区役所砧出張所が、本件建物を無届建物と錯覚し、誤つて、反訴被告所有家屋として処理し、反訴被告に課税通告をしたことから、反訴被告は、これを奇貨として、昭和二八年一月六日、東京法務局調布出張所に対し、本件建物を反訴被告の所有のように装い、反訴被告名義の建物保存登記を申請し、その旨の登記をなさしめた。しかし、本件建物は、反訴原告が、昭和二八年七月一三日、東京法務局調布出張所受付第四、六八九号をもつて、東京都世田谷区烏山町一、一一六番地の一家屋番号同町一、一一六番の二木造柾板葺平家建事務所兼居宅一棟建坪一〇坪として保存登記をしたから反訴原告は反訴被告に対し、そのなした保存登記の抹消を求めるため、反訴に及んだ。と述べた。

(証拠)

原告(反訴被告)訴訟代理人は、立証として、甲第一ないし一八号証を提出し、証人長谷川健吉、同高沢正(第一、二回)の各証言、原告中林喜代次本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、二、同第二、三号証、同第七号証、同第一〇号証の成立は認める、同第四号証の成立は知らない、同第五号証は、公務所の印は認めるが、その余の成立は知らない、同第六号証の成立は否認する、同第八、九号証は図面の部分の成立は否認するがその余の成立は認める。と述べた。

被告(反訴原告)村上収、被告滝沢幸隆両名訴訟代理人は、立証として、乙第一号証の一、二、同第二ないし一〇号証を各提出し、証人堀切森之助の証言、被告(反訴原告)村上収、被告滝沢幸隆の各本人尋問の結果を援用し、甲第九、一〇号証、同第一三号証の成立は知らない、同第一四号証の杉崎勘四郎の署名、押印は否認するが、その余の成立は認める、同第一五号証の二枚目はその成立を認めるが、その余の成立は知らない、その余の同号各証は、いずれもその成立を認める。と述べた。

理由

訴外会社が、昭和二三年四月頃、東京都世田谷区烏山町一、一一六番地の一に本件建物を建築所有し、事務所として使用していたことは、当事者間に争がない。しかして、成立に争のない甲第二ないし七号証、同第八号証、同第一一号証、同第一二号証、同第一四号証、同第一七号証、同第一八号証、成立に争のない乙第一号証の一、二、同第二、三号証、同第五号証、被告(反訴原告)村上収本人尋問の結果により真正に成立したと認める同第四号証の各記載、証人長谷川健吉、同堀切森之助、同高沢正(第一、二回)、原告(反訴被告)中林喜代次、被告滝沢幸隆、被告(反訴原告)村上収各本人尋問の結果を綜合すれば、本件建物は、昭和二三年四月頃、訴外会社により、建築されたのであるが(この事実は当事者間に争がない)、建築許可申請は、昭和二三年一〇月一一日、同社の使用人であつた被告滝沢幸隆名義でなされ、間もなく完成したこと、原告(反訴被告)は、昭和二四年一二月二八日、訴外会社に対し、金一〇〇、〇〇〇円を、弁済期を昭和二五年一月七日と定め、もし期日に弁済しなかつたときは、何らの意思表示を要せず、直ちに本件建物を代物弁済として、原告(反訴被告)に所有権を移転する特約で貸与したが、期日に支払わなかつたので、これが所有権を取得したが、昭和二五年一一月一六日、世田谷区役所砧出張所に原告(反訴被告)名義で家屋新築の申告をし、昭和二八年一月六日、東京法務局調布出張所受付第八号をもつて、東京都世田谷区烏山町一、一一六番家屋番号同町七四番の三として、本件建物の所有権保存登記を申請し、右登記がなされたこと、訴外会社は、健康保険料及び厚生年金保険料を滞納したため、本件建物は、新宿社会保険出張所に差押えられ、当時新宿社会保険出張所の徴収課長であつた高沢正は、本件建物が、屋根、周壁を有していたことはもとより、床、壁も具備して竣工し、事務所として使用されていたにもかかわらず、未届建築物であるという理由から、本件建物を材料すなわち動産として差押え封印をなしたに止まり、国税徴収法第二三条の三により、右差押の登記を関係官庁に嘱託することもなく、昭和二五年三月九日、公売処分をし、被告(反訴原告)村上収が、その使用人湊元忠雄をして代金四五、〇〇〇円で競落した際も訴外会社に売却決定書を送達したに止まり、競落人に対する所有権移転登記を嘱託することもしなかつたこと、被告村上は滝沢幸隆名義の建築許可申請について湊元忠雄名義をもつて建築主変更届をなすと共に湊元名義をもつて竣工届をなしついで昭和二八年七月一三日に至つて、被告(反訴原告)村上収は、東京都世田谷区烏山町一、一一六番地の一家屋番号同町一、一一六番の二木造柾板葺平家建事務所一棟建坪一〇坪として、本件建物の新築申告書を東京法務局調布出張所長に提出し、ついで同出張所受付第四、六八九号をもつて、保存登記を申請し、その所有権保存登記がなされた事実を認めることができる。

被告等は原告が保存登記をした建物は別紙図面の乙建物であると主張し、被告村上本人尋問の結果によつて全部成立を認める乙第九号証には右主張にそう記載があるが公文書であるから真正に成立したものと認める甲第一五号証、及び被告村上本人尋問の結果によれば、乙建物は一棟の建物(工場兼居宅)の一部であつて、右建物全部について滝沢幸雄所有名義に登記がなされていることが認められるのであつて、右事実に、成立に争いのない甲第一一号証、同第一二号証杉崎勘四郎作成名義の部分を除いて成立に争いのない甲第一四号証(原告がなした家屋新築申告書)及び原告本人尋問の結果と対照すれば、乙第九号証の記載は東京都世田谷税務事務所長が被告村上の懇請により事実について充分な調査をせず誤つた事実の証明をしたものと認められるから、前記認定を覆すに足らない。

前記認定に反する証言及び本人尋問の結果は措信できないし、他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。

前記認定のとおり、被告村上は前記公売処分において訴外湊元名義をもつて、本件建物を材料として競落したものであるが、右滞納処分は不動産を不動産としてではなく動産として差押え、公売処分をしたものであつて、その結果関係官庁にその差押の登記の嘱託も、競落による所有権移転登記の嘱託をもしなかつたものであるから右差押及び公売処分は現実には存在しない動産に対してなされたもので、いわば架空の物に対する差押及び公売処分に外ならず、不動産としての本件建物に対する滞納処分としては重大かつ明白な瑕疵があつて無効のものであるというに妨げなく、被告(反訴原告)村上収は、本件建物の所有権を取得するいわれがないといわなければならない。

然らば、原告(反訴被告)が、被告(反訴原告)村上収、被告滝沢幸隆に対し、本件建物を原告に明渡す義務があり、かつ、被告等が本件建物を昭和二八年一月六日以前から占有していることは当事者間に争いがないから、被告等は共同して同日以降原告の本件建物に対する使用収益を妨げ、公定賃料であること当事者間に争いのない一ケ月金四、〇〇〇円の割合による損害を原告に与えているものであるから被告等は各自原告に対し本件建物明渡に至るまで一ケ月金四、〇〇〇円の割合による損害金を支払う義務があり、右義務の履行を求める原告の本訴請求は理由があるが、被告(反訴原告)が、本件建物所有権に基いて、原告が、昭和二八年一月六日東京法務局調布出張所受付第八号をもつてした本件建物の所有権保存登記の抹消を求める請求は、理由がないといわざるを得ない。

よつて、原告の本訴請求を認容し、反訴原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言について、同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄 林田益太郎 吉川清)

図〈省略〉

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